同一労働同一賃金で非正規社員の待遇は改善されるのか?

 

派遣社員やパートなどの非正規社員にとって、

将来性の不安や賃金の不安は深刻な問題となっています。

この同一労働同一賃金は同じ仕事において全員に同一に賃金を支払う、

このようなメリットがあると言われているようなのです。

 

しかし、本当に実現して待遇は改善されるのでしょうか?

 

何となく希望を感じつつも疑わしく思ってませんか?

本当に今の抱える悩みを改善してくれるのか・・・

ぬか喜びは嫌なのであまり期待はしていないのではないでしょうか。

 

確かに同一労働同一賃金が実施されることになれば、

正社員も非正規社員も同じ賃金で待遇は改善されるかもしれません。

 

  • しかし、もし低い賃金で一律されてしまうことになったら?
  • 企業が人件費の削減で今後の雇用がより難しくなってしまったら?

 

では本当のところ、どうすれば良いのでしょう。

国に頼ってしまうばかりでは先の不安は改善できません。

結局は個人の望みは個人で動いていくしかないのが現状です。

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同一労働同一賃金は給料格差を埋められるのか?

 

同一の仕事(職種)に従事する労働者は皆、同一水準の賃金が支払われるべきだという概

念。性別、雇用形態(フルタイム、パートタイム、派遣社員など)、人種、宗教、国籍な

どに関係なく、労働の種類と量に基づいて賃金を支払う賃金政策のこと。

さらに、同一価値労働同一賃金(どういつかちろうどうどういつちんぎん)とは、職種が

異なる場合であっても労働の質が同等であれば、同一の賃金水準を適用する賃金政策のこ

と。

引用元:Wikipedia

 

今、日本では給料格差が大きくなっているそうです。

今のサラリーマンの平均年収は400万円くらいだそうですが、

身の回りの人達の年収ってそれよりも低いのではないでしょうか。

 

今では年収300万円時代などとも言われているくらいです。

 

日本の労働人口のおよそ4割が300万円すら満たないそうです。

その原因となってるのが派遣やパートなどの非正規社員の増加です。

日本は経済規模を示すGDP(国内総生産)は世界3位と上位ですが、

だけど貧困率では世界第4位という矛盾した状況に陥っているのです。

 

この貧困にはワーキングプアと呼ばれるような、

働いているにも関わらず生活状況が困窮する人達が挙げられます。

これは特に先進国において表れる傾向にあるようです。

それは前述した非正規社員の雇用の増加が原因です。

 

今、日本ではこうした貧困問題が深刻化していますが、

同一労働同一賃金が実施されても期待が持てるでしょうか。

個人の生活がどのくらい潤うのか、いつ実感できるのか、

個人レベルで考えるとあまり期待は持てないのではないでしょうか。

 

 

国が求めているものと個人が求めているものの違い

 

たとえば転職するために面接を受けるとします。

すると企業側で求めているものと個人がもとめているもの、

この両者には少なからず食い違っている部分はありますね。

そのギャップが小さいほどお互いのメリットが強くなり、

その職場で働くことにお互いに利害が一致すると思います。

 

こうして会社と個人で考えてもギャップは存在します。

それが国レベルの規模となるといかがでしょうか。

そのギャップはより大きいものになるのではないでしょうか。

 

そもそも国が個人に求めているものとは何でしょう。

それは明治維新からはじまった国の教育システムから明らかです。

 

それは文句を言わずに働く平均的なサラリーマンの量産です。

 

誤解を怖れず言うとこのようになると思います。

学校では好きな科目だけを受けることはまずないですね。

決められた時間に登校し、決められた時間に勉強し、

そして決められた科目をみな同じように学ばされます。

 

小、中、高、大学を出ればみな同じ教育を受けて社会に出ます。

だけど、このようなシステムの恩恵を受けているのも確かです。

そのお陰で将来の不安に深刻に悩まされず生活を送れるからです。

ローンを組んで家を建て、車を所有し、家族を持てるのがそうです。

 

しかし、今ではその当たり前のことが敵わなくなってきてます。

ただ人並みの幸せが欲しいだけなのにそれすら手に入らない・・・

国がもとめるものと個人のもとめるもににはギャップがあります。

同一労働同一賃金が実施されても個人の幸せは難しいのです。

 

 

本当のデメリットは何もしないことによるリスク

 

「今の不景気な世の中は国が悪いんだ・・・」

「はやくこの苦しい状況を何とかしてくれよ!」

 

誰もが心の片隅ではこのような気持ちがあると思います。

僕なんて20代の頃はずっと責任転嫁ばかりしてきました。

仕事で嫌いな人間やつまらない業務内容もみな責任転嫁です。

 

だけど、これでは一向に望む人生を変えることはできなかったのです。

 

あなたの今の現実が望んでいるものでないとしたら、

それは何が原因でそうなっていると思いますか?

自分のどんな考え方がそれを引き寄せてると思いますか?

 

誰かや何かのせいにしたくなるのは誰もが持ってる心です。

何もそれ自体をやめろというのではありません。

人間なので完全にゼロにすることは不可能だからです。

 

ただ、本当のデメリットは責任転嫁することで何もしないことです。

 

自分以外に期待しても望みが叶うことはほぼ不可能です。

自分の望みは自分が動いて未来を創っていくことが大切なのです。

国が生活を良くしてくれるのはあくまで最低限の土台のようなものです。

そこから先は個人で動いて自ら築いていく考え方が大切です。

 

 

結局、個人が求めるものは個人で動くしかない

 

国が考えるのは個人ではなく国民という大きな枠です。

なので個人レベルの望みには遠く及ばないのが実際のところです。

そこで国が何とかしくれないと嘆いて仕方がありません。

そして、そんなことはあなたも十分にお分かりだと思います。

 

確かにやりたいことなんていきなりすぐには見つかりません。

自分が一体何がしたいのかぼんやり過ごしている人も多いですし、

それどころか自分は何のために生まれてきたのかというような、

人生そのものに迷走したまま生きている人も少なくないと思います。

実際に僕もそうした迷走した人生をずっと歩んできました。

 

それには自分にずっと問い続けていくことが大切です。

 

仕事から帰ってネットサーフィンやゲームやテレビ、

雑誌やマンガなどを読みふけって日々を過ごしていませんか?

今この瞬間の時間の使い方が自分の未来を大きく左右するのです。

 

いきなり全てをパッと変えろなんてことは言いません。

1日に少しだけでも自分と向き合う時間を作ってみてはいかがでしょうか。

人間の脳には強く関心の示すことにフォーカスする特徴があります。

 

たとえば車を買おうと欲しい車種を色々と調べていくうちに、

街で不思議と同じような車種を見掛けたりすることがありませんか?

旅行でもブランド品でも興味のあることは自然と気付いてしまいますね。

 

このように自分の人生にも問い続けることで脳が働き、

自分の本当の生きたい人生へと少しずつフォーカスされていきます。

これはすぐには見つからないので根気がいることでもありますが、

人生を掛けて追い続けるだけの価値があることは確かなのです。

 

自分の道を切り開いて人生を楽しめることを祈っています。

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